目次
スポーツ追体験ドキュメント「日本ダービー2017 知られざる闘い」
放送 2020年5月30日(土)23時〜24時50分[BS1]
2017年日本ダービー。競馬界最高峰のレースで18人の騎手たちが類いまれな心理戦を繰り広げた。調教師や騎手など関係者の証言をもとに、知られざる闘いの舞台裏に迫る!
2017年、競馬界最高峰のレースで18人の騎手たちが類いまれな心理戦を繰り広げた。舞台は日本ダービー。レースは予想外の超スローペースで進んだ。意外な展開に騎手たちは、勝負を左右する決断を積み重ねていくことになる。18人の騎手全員の証言で、闘いの舞台裏に迫る。さらにベテラン調教師のダービー制覇にかける悲願、そして亡き息子の思いを馬に託した母の物語など、激闘の裏にあった知られざる人間ドラマを紡いでいく。
【出演】競馬調教師…藤沢和雄,騎手…クリストフ・ルメール
【語り】鈴木省吾
日本ダービー2017の概要・結果
[2017年5月28日]2回東京12日 | 15:40 発走
第84回 日本ダービー(GI)芝・左 2400m
日本ダービーの結果
1着:レイデオロ 2着:スワーヴリチャード 3着:アドミラブル
[レース総括]渾身の競馬でレイデオロが日本ダービーを制す!
内からマイスタイルがハナに立ち、前半1000mが63秒2という超スローペース。その前後に前残りを嫌ったレイデオロが積極的に進出し番手を確保。直線に入ると逃げるマイスタイルを競り落とし、後方から伸びて来たスワーヴリチャードの追撃も防いで、見事2014年産駒7015頭の頂点に君臨した。3着には1番人気アドミラブルが入線。大外枠が災いし、最後はマイスタイルを捉えるのがいっぱいだった。これで上位3番人気内での決着は2年連続となった。
マイスタイルがスローで逃げ、向正面で早くも動きが
スタートはほぼ互角だが、6番サトノアーサー、18番アドミラブルの発馬はあまり速くはなかった。3番マイスタイルが気合いを入れて前へ。7番アルアインは好ダッシュで続き、8番トラストも先行争いへ。マイスタイルが1馬身のリードを取り、1コーナーをカーブ。単独2番手にトラスト。2馬身差の3番手にアルアイン。1馬身差の内に1番ダンビュライト。差がなく15番ダイワキャグニー、5番クリンチャーが並んで先団。さらに1馬身差で内から4番スワーヴリチャード、17番ウインブライト、10番ベストアプローチが並ぶ形。その後ろからサトノアーサー、2番アメリカズカップ、11番ペルシアンナイトとここもかたまり気味。その後ろに12番レイデオロがいたが、1000m通過付近で外から一気に前へ進出。さらにペルシアンナイトもそれに続いて外から動いた。後方にいたアドミラブルは外に出されて、いつでも動ける構え。後方集団は9番マイネルスフェーン、13番カデナ、14番ジョーストリクトリ、16番キョウヘイとなった。
前半1000m通過は63秒2でかなり遅いペース。マイスタイルが先頭だが、押し上げたレイデオロが2番手につけて3コーナーをカーブ。その後ろにはトラストとペルシアンナイト。その後ろの集団はかたまり、アドミラブルは勢いをつけて4コーナーを回り、最後の直線は外へ行った。
襲い掛かるスワーヴリチャードを振り切った
マイスタイルはラチ沿いに進み、残り400mでもまだ先頭。馬場の4分どころに行ったレイデオロが追い出しにかかり、末脚を伸ばしにかかる。レイデオロにスワーヴリチャードが外から襲い掛かり、大外からはアドミラブルだが、まだ少し前との差がある。逃げ粘るマイスタイルに対し、残り100m付近でレイデオロが交わして先頭。懸命に馬体を併せにいくスワーヴリチャードだが、レイデオロが力強い伸び。ゴール手前でグイともうひと伸びすると、そのままゴールに駆け込んだ。アドミラブルはマイスタイルを際どく交わして3着に上がるのが精一杯だった。
好判断で悲願のダービー制覇
勝ち時計が示す通り、かなり遅いペースとなった今年の日本ダービー。レイデオロはスタートがいつものように速くなく、後方寄りの追走となったが序盤は折り合いに専念。超スローペースと見るや、向正面外から一気に動いて2番手に取り付いた。これが好判断で、勝利を手繰り寄せた。ルメール騎手、そして藤沢調教師ともに先週のソウルスターリングに続く勝利。研ぎ澄まされたジョッキーの勝負勘、厩舎渾身の仕上げが、この大舞台で実を結んだ。
スワーヴリチャードは手前の関係で、左回りの方がやはりスムーズのようだ。アドミラブルは上がり最速で追い込むも厳しい競馬。力があるのは間違いないが、枠順と展開に恵まれなかった
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レース後の騎手コメント
1着 レイデオロ(ルメール騎手)
「フランスでダービーを1回勝っていますが、日本のダービーを勝つことが出来て嬉しいです。普通の乗り方でも良いのですが、スタートが良くないので後ろのポジションになりました。ペースが遅かったので、馬もリラックスしていたのでポジションを上げて行きました。直線もよく反応してくれました。ファンの声もすごかったです。ラスト100mで勝ったと思いました」
2着 スワーヴリチャード(四位騎手)
「残念です。理想はあの位置でしたが、流れが欲しかったです。勝負どころで馬が6枠の2頭を捕まえに行きませんでした。直線、いい脚でしたが、レイデオロに並ぶまでには行きませんでした。左回りは良かったです」
3着 アドミラブル(M.デムーロ騎手)
「ついてないです。外枠で遅い流れになってしまいました。勝ち馬と一緒に動きたかったです。最後まで頑張ってくれたのですが…」
4着 マイスタイル(横山典騎手)
「馬の感じは良かったですし、よく頑張ってくれました」
5着 アルアイン(松山騎手)
「スタート良く、道中もすごくいいポジションを取れたのですが、そこから自分が何も出来ませんでした。申し訳ないです」
6着 ダンビュライト(武豊騎手)
「流れが遅すぎました。自分は内にいて動けませんし…」
7着 ペルシアンナイト(戸崎騎手)
「1コーナーの入りは良かったと思いますが、緩い流れになって楽に走らせられませんでした」
8着 トラスト(丹内騎手)
「レースまで落ち着いてくれていますし、最後までよく頑張っています」
10着 サトノアーサー(川田騎手)
「ペースがあまりにも遅くて展開が向きませんでした。今までやってきたことは出来ました」
11着 カデナ(福永騎手)
「想定している流れではありましたが、対応出来ませんでした」
13着 クリンチャー(藤岡佑騎手)
「こういう展開になると思って出して行きましたが、スローで持ち味を生かせませんでした」
16着 マイネルスフェーン(柴田大騎手)
「掛かっていました。もうちょっと短い距離がいいかもしれません」
17着 アメリカズカップ(松若騎手)
「距離も長くてハミを噛むところはありましたが、よく頑張っています。まだ子供ですし、これからの馬です」
「第87回日本ダービー」のテレビ放送は?
放送 2020年5月31日(日)午後3時〜4時[NHK総合]
競馬界の誰もが夢見る「日本ダービー」。ここまで4戦4勝のコントレイル。父・ディープインパクト以来、15年ぶりの「無敗のダービー馬」を目指します。
競馬界の誰もが夢見る「日本ダービー」。皐月賞を制し、ここまで4戦4勝のコントレイル。父・ディープインパクト以来、15年ぶりの「無敗のダービー馬」を目指します。皐月賞2着のサリオス、皐月賞5着で弥生賞に勝ったサトノフラッグなど有力馬が出走予定。2017年に産まれた7262頭の3歳馬の頂点に輝くのはどの馬か。
東京優駿(日本ダービー)の歴史
日露戦争を通じて、日本政府は国内外の軍馬の性能差を痛感。一方、1908年に馬券の販売が禁じられて以降、馬産地は不況に喘いでいました。そこで生産者らから安田伊左衛門(東京競馬倶楽部会長)に対し「イギリスのダービーステークスのような高額賞金の競走を設け、馬産地を救済してほしい」といった意見が寄せられたのです。自らの構想とも合致すると判断した安田は3歳(当時は数えで年齢を表記していたため4歳)限定の「東京優駿大競走」を創設することを発表。第1回競走は1932年4月24日に目黒競馬場で行われました。
1934年からは東京競馬場での施行に変更、その後、太平洋戦争による中断を挟み、1964年にはレース名の表記が現在と同じ「東京優駿(日本ダービー)」となりました。
1995年には地方競馬所属馬が出走可能となり、2001年からは外国産馬にも開放されました。その2001年には「開放初年度のダービーを獲ってほしい」という願いを込めて命名されたアメリカ産馬クロフネが日本ダービーに出走。1番人気ながら5着に敗れたものの、大きな話題となりました。
昨今の競馬界では「カテゴリー別に最強馬を決定する」といった風潮が定着し、かつてのように全ての競走馬が日本ダービーを標榜するという状況ではなくなってきています。しかし、多くの馬主や騎手、調教師が日本ダービーを「最も勝ちたいレース」として挙げるなど、現在でも「競馬関係者の最大目標」といった立ち位置であることには変わりなく、今も創設以来の権威を保っています。
皐月賞の4着以内馬、青葉賞の2着以内馬、プリンシパルステークスの勝ち馬に優先出走権が与えられていますが、施行時期や距離からステップレースに使われることもある京都新聞杯はトライアルに指定されていません。同じく3歳限定のクラシック競走である皐月賞・ダービーと合わせ「3歳牡馬3冠レース」とも呼ばれ、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクトなど、過去7頭が3冠を達成しています。
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日本ダービー 歴代優勝馬
第86回 2019年 ロジャーバローズ
第85回 2018年 ワグネリアン
第84回 2017年 レイデオロ
第83回 2016年 マカヒキ
第82回 2015年 ドゥラメンテ
第81回 2014年 ワンアンドオンリー
第80回 2013年 キズナ
第79回 2012年 ディープブリランテ
第78回 2011年 オルフェーヴル
第77回 2010年 エイシンフラッシュ
第76回 2009年 ロジユニヴァース
第75回 2008年 ディープスカイ
第74回 2007年 ウオッカ
第73回 2006年 メイショウサムソン
第72回 2005年 ディープインパクト
第71回 2004年 キングカメハメハ
第70回 2003年 ネオユニヴァース
第69回 2002年 タニノギムレット
第68回 2001年 ジャングルポケット
第67回 2000年 アグネスフライト
第66回 1999年 アドマイヤベガ
第65回 1998年 スペシャルウィーク
第64回 1997年 サニーブライアン
第63回 1996年 フサイチコンコルド
第62回 1995年 タヤスツヨシ
第61回 1994年 ナリタブライアン
第60回 1993年 ウイニングチケット
第59回 1992年 ミホノブルボン
第58回 1991年 トウカイテイオー
第57回 1990年 アイネスフウジン
第56回 1989年 ウィナーズサークル
第55回 1988年 サクラチヨノオー
第54回 1987年 メリーナイス
第53回 1986年 ダイナガリバー
第52回 1985年 シリウスシンボリ
第51回 1984年 シンボリルドルフ
第50回 1983年 ミスターシービー
第49回 1982年 バンブーアトラス
第48回 1981年 カツトップエース
第47回 1980年 オペックホース
第46回 1979年 カツラノハイセイコ
第45回 1978年 サクラショウリ
第44回 1977年 ラッキールーラ
第43回 1976年 クライムカイザー
第42回 1975年 カブラヤオー
第41回 1974年 コーネルランサー
第40回 1973年 タケホープ
第39回 1972年 ロングエース
第38回 1971年 ヒカルイマイ
第37回 1970年 タニノムーティエ
第36回 1969年 ダイシンボルガード
第35回 1968年 タニノハローモア
第34回 1967年 アサデンコウ
第33回 1966年 テイトオー
第32回 1965年 キーストン
第31回 1964年 シンザン
第30回 1963年 メイズイ
第29回 1962年 フエアーウイン
第28回 1961年 ハクシヨウ
第27回 1960年 コダマ
第26回 1959年 コマツヒカリ
第25回 1958年 ダイゴホマレ
第24回 1957年 ヒカルメイジ
第23回 1956年 ハクチカラ
第22回 1955年 オートキツ
第21回 1954年 ゴールデンウエーブ
第20回 1953年 ボストニアン
第19回 1952年 クリノハナ
第18回 1951年 トキノミノル
第17回 1950年 クモノハナ
第16回 1949年 タチカゼ
第15回 1948年 ミハルオー
第14回 1947年 マツミドリ
第13回 1944年 カイソウ
第12回 1943年 クリフジ
第11回 1942年 ミナミホマレ
第10回 1941年 セントライト
第9回 1940年 イエリュウ
第8回 1939年 クモハタ
第7回 1938年 スゲヌマ
第6回 1937年 ヒサトモ
第5回 1936年 トクマサ
第4回 1935年 ガヴァナー
第3回 1934年 フレーモア
第2回 1933年 カブトヤマ
第1回 1932年 ワカタカ
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